こんにちは!
今回は重要ながら、チェス界であまり扱われていないテーマについて。
20年以上の付き合いがある、3人のグランドマスターに聞いてみました(拙訳)。
- モルトン(オーストラリア)[ウィキペディア、ユーチューブ]
- イアン・ロジャーズ(オーストラリア)[ウィキペディア、X]
- レイモンド・ソング(台湾、元オーストラリア)[ウィキペディア、インスタグラム]
今回はOTB、対面のチェス(それもクラシカルという持ち時間の長い試合)においての話ですが、オンライン編も書こうと思います。
1. 相手の手番の時に何を考えるべきか・どう考えるべきかについて、何かアドバイスはありますか?あなた自身、どんなアプローチを取ってきましたか?
モルトン:局面にもよるが、私は相手の1番強い手が何かを考えようとする。考えておけば、指されて驚くことはない。そして、白黒ともに、指してしまいそうなミスは何かも考える。この後者にいたってはなんでそうするのか分からないが、私の習慣の1つだ。
イアン:相手の手番の時は、ポジショナルに考えるべきだというソ連式のアプローチがよく知られている。私は若い頃にすでに、ポジショナルチェスは時間の無駄だと理解したから🙂(のちに、これについていくつものレクチャーを行った)、相手番で相手が考えている時は、盤から離れ、他の試合を眺めている。
盤に戻ると、局面を新鮮な眼で見ることができるから、新しいアイディアも見つけやすくなる。
レイモンド:相手の手番の時は、長期的なプランについて考えていることが多い。
・1番悪いピースはどれ?それはどう改善すべき?
・それぞれのピースの理想的な配置は?
・次に、相手はピースをどこに動かしそう?
・双方にとってのポーンブレイクは何か、そしてブレイク後の局面はどう評価する?
相手の手番の時はよりストラテジックに考えることで、体力を温存している。ここでも全力で読もうとしていると、体力がもたない。もちろん、局面がとても激しいもので、1手の価値がとても大きい場合は例外だ。そんな時は、長期目線の思考はとりあえず保留して、具体的な手順を読むことが必須となる。読みの深さも、どういう局面かによる。しかし、私の経験上、ほとんどの試合ではいくつかの枝道を検証し、3手~5手の深さまで読み、評価を行うことで事足りる。
2. 1971年に出版された「GMのように考えよう」で、GMコトブは旧世界王者、ボトビニクの言葉を引用しました:『私は基本的に、考え方を2つに分けている。相手の手番の時は全体について俯瞰し、自分の手番の時は具体的なバリエーションを計算する。』このアプローチについてどう思いますか?
モルトン:筋は通っていると思う。読む必要もないバリエーションを読みすぎても、疲れてしまう。相手の手番の時は、いくつかの大事なアイディアを探すので十分だ。とても強制性の高い筋の場合は、より具体的に読むのも良いだろう。
3. ボトビニクは相手の手番の時も、自分の手番の時も集中することを勧めた反面、スミスロフは「相手の手番の時は盤から離れて歩くと良い。思考を助けてくれる」と言いました。あなたは盤にずっと座る派、それとも歩き回る派?単に、人それぞれ、合うアプローチを見つければいいのでしょうか?
モルトン:局面がそれほどクリティカルでなく、相手がいくつもの指せそうな選択肢を持っている時は、タクティクスがないか確認をしたり、良さそうなアイディアはないか考えたりする。歩き回っていることもある。しかし、強制性の高い局面や、クリティカルな局面の時は盤に向かってずっと集中しているだろう。
イアン:人それぞれだが、15歳~16歳の時のアナンドの圧倒的な指し手の速さは、相手の手番の時に次の自分の手をすでに読んでいるからだと気づいた。言い換えれば、彼はボトビニクのアドバイスの逆を行っていた。ボトビニクは自分の手番と相手の手番、両方のケースにおいてプレイヤーは考えるべきだと勧めていたが、アナンドはほぼ相手の手番の時だけだった!
レイモンド:これは本当に人それぞれだと思う。レートが高ければ、盤に居座ることで相手に心理的なプレッシャーを与えられると聞いたことはある。例えば、私の手番で考えている時にカスパロフのような相手が自分のことをガン見していたらおののいてしまうだろう。彼が毎回、手を指すたびにボードから離れている場合と比べると、手の質が落ちてしまいそうだ。しかし、個人的には相手にこの効果を与えることは考えていない。体力を温存するために、私は盤から離れることが多い。そして、歩いている間は、試合のことは考えていないことのほうが多い。考えられないのではなく、考えるんだったら盤でしたいからだ。歩き回っているのなら、それは少し休み、リフレッシュしてから盤に戻ろうと考えている。
4. 相手の手番の時に起こった、印象に残ったエピソードや、相手の手番の時に思いついたりした面白いことはありますか?
モルトン:これといってないが、以前は試合中に、自分と脳内で会話することがあった。余興として、相手の手を当てようとしたりして。ある試合では、それはとても満足に感じた。勝ったり、良いチェスが指せたりしたからではなく、相手の指すほぼ全ての手を予想できていたからだった。もちろん、事前にこのプレイヤーのことを知っていたのも大きかったかもしれない。にしても、指すオープニング、バリエーション、ポーンの手やサクリファイスまで予想できていたからとても楽しめた。
(じゅんた:このプレイヤーは私のことかと聞くと、違うけど、その質問が来ると予想していたと返されました。やられた…)
イアン:2018年のバトゥミ・オリンピアードで、ジャン・グエン(オーストラリアの女子代表プレイヤー)は試合中に歩き回り、他の試合をチェックしてから盤に戻ると、アービターから警告を受けた。このオリンピアードではお手洗いに行く場合、アービターにまず伝える必要があった。無断でお手洗いに行き、チート(エンジンを見る)していたかもしれないと彼女は叱られてしまった!
1975年から1976年にかけて行われた、全豪リザーブズ選手権であるプレイヤーは、相手がボードから離れている隙を見計らって、相手の棋譜用紙にも手を記入し、署名し、3度同立ポジションでドローだったと提出した!
試合中に歩き回っていると、いろんなメリットがある。1991年のティルブルグの大会で、カスパロフはボードを睨みながら深く集中していて、相手のカムスキーは歩き回っていた。丁度、カスパロフの奥さんがアービターを介して、お茶・コーヒーエリアにガルリのためにチョコを置いたところだったんだが、カムスキーがこれを発見し、チョコを食べ始めてしまった。カスパロフの奥さんは、ガルリのチョコがみるみる消えていくのを悲しい目で追うことしかできなかった。(奇遇にも、この年はカムスキーが、オレンジジュースに何か毒を盛られたとカスパロフを告発した年でもある)
5. 他に、このトピックについてチェスコミュニティに共有したいことはありますか?
モルトン:プレイヤーは1人1人違うから、相手の手番の時、あなたにとって1番合うアプローチは何か検証するといいだろう。相手が何を指すか、予想はしたいものの、起こりもしないバリエーションを読みすぎて疲れてしまってもいけない。
イアン:用心しよう。歩き回っていると、時計を押し忘れていたことに(または、故障している時計の場合、試合前から時間が減っていることに)気づかないこともある。そして、相手が手を指したあとに、それを撤回するのも見逃してしまうかもしれない!
アレクサンドル・モイセンコ (2640)–エーサン・ガエム・マガミ (2552)
マン島オープン (5回戦), 2004年9月29日
この試合は、オープニングからドロー濃厚だったが、ガエム・マガミのここまでの2つのドローオファーをモイセンコが拒否していたのは妥当だろう。しかし、ここでガエムがボードから離れ、歩き回っている間にとんでもないことが起こった。 31.Rc3?? |
この手を指し、時計を押したあと、モイセンコはあたかも冷静に時計を押し戻し、ルークをc5に動かし、また時計を押した。ガエムは何も見ていなかったが、幸運にも、一部始終を見ていて驚愕したアルミラ・スクリプチェンコはアービターに報告した。モイセンコはRc5と棋譜用紙に書き込んでいたから、この手を指すのを許されるべきだと独特のディフェンスを用いて弁明した。彼の要望はもちろん却下され、試合は瞬く間に終わった。 31…Rbxb7! 32.cxb7 Rxc3+ 33.Kd4 Bxb7 0-1 |
相手番の時、あなたはその時間を満足に使えていますか?
3人の答えを振り返ってみると:
- 相手の手番の時、あなたはどんなことを考えているか認識しよう
- あなたのプレイスタイルやスタミナ面に合うアプローチを考えよう
- 盤に向かって何時間も集中できるようなプレイヤーでない限り、疲れすぎないように、たまにはボードから離れ、歩き回るのは健全でしょう。しかし、怠惰のせいで毎回ボードから離れるのはやめよう
- 相手が何を考えているか、相手の手に対してどう返せるかを考えるのは大事なスキル。時間を使いすぎてしまう人は、相手の手番の時の時間をうまく活用できていないのが1つの要素だと思います。あまり深く集中できていなかったり、真剣な読みを行えていないかもしれません。
質問に答えてくれたグランドマスターらに感謝。
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