それでも、出場を決めた理由


週末、地元のFIDE戦に出場し、トップシードとして6戦6勝で優勝することができました。楽な大会ではなく、客観的に見て負けている局面も3局ありました。

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世界一周から帰ってきた旅人のように、OTB大会のあとはいつも書きたいことで頭がいっぱいになります。今回は、大会前に何が起きていたかについて書きます。


決断

大会前はこんなポストをしていました。

今週末、地元のFIDE戦に出場することにしました。4月以来の大会。ビデオコースの制作でずっと忙しくて、あまり練習できていなかったので、出場を見送ろうかとも思っていました。でも、「怖いから」という理由だけで出場をやめるくらいなら、出た方がいい。人生は短かすぎる。

「まあ、それでいいんだ」というマインドセット

今回の大会に向けて、自分のコンディションが万全ではないかもしれないと分かっていたとき、私はこう考えました。

「もしかしたら、勝敗を分けるようなミスをするかもしれない。それでいい。ただ、一手一手、自分のベストを尽くすことに集中しよう」

私にとって、これは一種のマントラのような役割を果たしています。チェスに真剣に取り組んできたかどうかにかかわらず、OTBに出場すると決めた時点で自分の一部(人によっては全部)がうまくいってほしいと願っていて、うまくいかなければ落ち込むものです。

でもチェスはゼロサムゲームであり、誰にも何も約束してくれません。だから、期待については現実的でいる必要があります。あるいは、期待そのものを持たずに、ただチェスそのものに集中したほうがいいのかもしれません。自分が満足できたトーナメント、特に一番うまくいったものを振り返ってみると、私の場合はむしろ後者のことが多いです。ただそこにいてチェスを指せることが嬉しくて、自分がどうあるべきか、そこから何を得ようとしているかなど、考えていませんでした。

(補足:チェス人生の大部分において、私は結果やレーティング、うまくいくことに突き動かされてきました。悪い対局や悪い大会があると打ちのめされていました。そのアプローチは、ハングリーさを保ち、プレイヤーとしての成功をもたらしてくれることもあります。ただ、私にとっては、25年経って、プレイヤーとしてのチェスが人生における唯一の大きなものではなくなった今、そのやり方は健全でも持続可能でもありませんでした。もしかしたら、これを読んでいるあなたも、そのマインドセットで頑張っているところかもしれません。他にやり方があるなんて、想像しにくいことも分かっています。)

たとえベストを尽くしたとしても、ミスをする可能性があり、負ける可能性もあると認めておくことで、自分がトップシードであれ一番下であれ、プレッシャーが少し軽くなります。これは、痛い負けや「運が悪かった」結果、あらかじめ言い訳を用意しておくための防御策、というわけでは必ずしもありません。むしろ、チェスは難しいゲームであり、自分自身と自分のチェスについてより深く知るには、何ヶ月も何年もかけて多くの大会に出る必要がある、ということを客観的に受け入れることです。そしてこれからも、たくさんの辛い負けや大会があるでしょう。でもそのひとつひとつから学び、調整し続けていくことができます。


本当に、それでいいんだ

こういうアプローチを持っていると、対局の重要な局面や、プレッシャーが重くのしかかってくる場面で、自分自身をより信じられるようになります。自分がコントロールできる、実際に指す手そのものに集中しやすくなります。自分がベストだと思って指した手が、実は悪い手かもしれないということは、すでに受け入れているからです。だから、状況が厳しくなっても、

「この手は本当に大丈夫だろうか?」

「弱いプレイヤーだと思われないだろうか?」

「恥をかくことにならないだろうか?」

といった恐れや不安が湧き上がってくることはありません。ミスは当たり前のことで、避けられないもので、そこから学んでいけばいいのだと、すでに自分の中に落とし込んでいるからです。

長年チェスを指してきて分かったのは、チェスにおける運を、自分の力でどうにかできるものではないと捉えたほうが、ずっと安定した気持ちでいられるということです。ただし、自分にできることもあります。勝っている局面でも負けている局面でも、一手一手に集中してベストを尽くすことで、運が向いてくる回数を少しでも増やすチャンスを自分に与えることはできます。感情的な部分や結果から自分の一部を切り離しておくことで、実際に何が起きているのかを客観的に見られるようになるのです。


プレッシャーとの向き合い方

プレッシャーに対処し、競技に対してもっと落ち着いた気持ちでいられるようになるのは簡単なことではなく、その多くは経験から得られるものです。ジュニア時代から20代にかけて、私はこの点で多くの大会で苦労してきました。悪いスタートを切ったり、一度悪い負け方をしたりすると、そこから崩れてしまうことがよくありました。例えば:

  • 2003年、全豪ジュニアU12オープン:8R終了時点で首位タイ、最後の3局を落とす
  • 2012年、ベトナムでのHDバンクオープン:2373レートのFMとして3/9のスコア、FIDEレート 60減
  • 2017年7月、ハンガリーでのファーストサタデーGMラウンドロビン:2/9、4連敗を含む
  • 2023年、ドーベールカップ:係数10でFIDEレート 30減、格下相手に3敗、など……

今年出場した2大会でメンタル面での助けになった変化のひとつは、この一年ほどの間にいくつかのことを自分の中に落とし込めたことです。もう若くはないこと。今はチェスを指すことと同じくらい大切にしているものが他にもあること。若い頃、プレイヤーとして自分の恐れや弱さにきちんと向き合ってこなかったことを、正直、たくさん後悔していること。だから今は、それらに向き合い、自分のチェスがどう成長していくかを見ることに集中したいと思っていること。そして何よりも、これだけ長く経っても、まだチェスというゲームを愛し、楽しめていることを、ただただ幸運だと感じていること。


本当の目標

もちろん勝つのは嬉しいことです。でも、梅原大吾さんが著書「勝ち続ける意志力」で「大会に勝って100の喜びを得ようとは思わない。それよりも、日々の練習において60の喜びを得たいと思う」と綴ったように、今は一局に100%集中して、それを楽しむこと。過去にはできなかったやり方で自分の恐れに向き合うこと。それが大会で優勝することよりも、私にとって喜びであり、意味のあることに感じられるようになりました。今回の大会でも、6試合のうち半分もの対局で負けている局面がありましたから、運もありました。

でも、ここにたどり着くまでに25年の大会経験が必要でした。本当に大切な挑戦に対しては、決して「完全に準備ができた」と感じられる日は来ません。それでも、準備ができたと感じる前に自分の恐れに向き合う自信を持てるようになるまでに、25年かかったということです。この1年から1年半ほどでこの自信を見つけられたことは、私自身とチェスの両方にとって、大きな意味を持っています。だからこそ、自信を築くというテーマは、これからも他のプレイヤーに伝えていきたいことのひとつです。

大会や競技のメンタル面で、あなたが苦労していることは何ですか? そして、それを時間をかけて乗り越えていくために、何が助けになると思いますか?

私の人生は、自分が特別な存在かもしれないという希望と、自分は愚か者にすぎないのではという恐れとの間で、ずっとバランスを取り続けてきた。
―― ヤン・ケアスタッド『発見者』(誘惑者 三部作 第3作)

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