チェス上達の5段階|あなたは今どのステージ?


チェスのアドバイスがうまくハマらない理由のひとつは、
その内容が「自分の段階に合っていない」ことです。

チェスには5つの熟達段階があり、それぞれでやるべきことが違います。

この考え方は、為末大さんの書籍『熟達論』から来ています。

このメールでは、今あなたがどの段階にいるのか、そして次に何に取り組むべきかを整理していきます。

ただし、これは単なる強さの話ではありません。
チェスとの向き合い方そのものでもあります。

マスターが第1段階に戻ることもあれば、
初心者が第5段階の感覚を一瞬味わうこともあります。

では見ていきましょう。


第1段階:遊

すべてはここから始まります。
ただ「指したいから指す」段階です。

駒の動きを覚え、チェックメイトを狙い、負けて、また指す。
とてもシンプルな繰り返しです。

旧世界王者、ミハイル・タリはチェスを覚えることについてこう言っています。
「チェスを覚えるのは、インフルエンザにかかるようなものだ。最初は何ともない。でも気づかないうちに体の中で何かが進んでいて、いつの間にか夢中になっている。」

この段階では、「上達しよう」と強く考えていなくても、自然と強くなっていきます。
いろいろ試して、うまくいったり失敗したりして、「なんでだろう?」と考える。
その問いが、学びのスタートになります。

ただし、指すだけではいずれ限界にぶつかります。
同じミスを繰り返していても、その理由に気づかないこともあります。

そこで、人は動画を見たり、本を読んだり、コーチをつけたりし始めます。
「楽しむために指す」から「上達するために指す」へと、目的が変わっていきます。

ここでよくあるのが、「早すぎる最適化」です。

特に大人からチェスを始めた人は、チェスをゲームではなくプロジェクトのように扱いがちです。
すべての時間に意味を求めて、「ただ楽しむ」ことに少し罪悪感を感じてしまう。

でも、最初から正しくやろうとしすぎると、この段階の良さを見失ってしまいます。

たとえば、テニスを始めた初日。
まだまともにボールも打てないのに、完璧なフォームを追いかけるようなものです。

まずは普通に打てるようになることが先です。

チェスも同じです。

「正しく指すこと」ばかり考えていると、目の前のことに気づけなくなります。
なぜその手がうまくいかなかったのか考える前に、次へ進んでしまう。

実際によくあるのが、
ナイトがポーンに狙われていることに気づかず、オープニングの手順を思い出そうとするケース。
あるいは、面白そうだからキングズ・ギャンビットを指したいのに、評価値が下がるのを気にして避けてしまうケース。

そうやって、本来得られるはずの学びを逃してしまいます。

第1段階の目的は、「学ぶこと」ではなく「指すこと」です。

そしてこの「遊び」の感覚は、チェス人生の中で何度も戻ってくる大事なものです。

タリの自伝の最後に、こんな場面があります。
彼が記者として、自分自身にインタビューしている場面です。

すでに世界チャンピオンになり、長年トップで戦ってきた彼に、記者がこう聞きます。

「これからの予定は?」

タリの答えは、たった一言でした。

指すことだ!

もし行き詰まりを感じていたり、少し気分が落ちていたりするなら、
いったん結果を気にせず、ただ楽しむために指してみてください。

新しいアイデアを試して、うまくいかなくても気にしない。

それだけで、モチベーションが戻ってくることはよくあります。

第1段階では、ただ指すことの限界を理解しつつ、
その大切さも忘れないことがポイントです。


第2段階:型

ここでは「」を身につけていきます。

チェスでいうと、基本的なパターンや原則のことです。
それを繰り返し練習して、自然にできるようにしていきます。

たとえば、
基本的なチェックメイト、駒がタダで取られていないかに気づくこと、オープニングでの自然な展開。

こうしたものを「意識しなくてもできる状態」まで落とし込みます。

ここで大事なのは、
「基本=簡単」ではないということです。

基本とは、すべての土台になるものです。
ここがしっかりしていると、余計なところに頭を使わなくて済みます。

ただ、この段階で止まってしまう人も多いです。理由は主に3つあります。

1つ目は、基本を軽く見てしまうこと
まだ駒を落としているのに、戦略や難しい話ばかり追いかけてしまう。

例えば、オンラインレート1500未満なら、リチェスの「浮き駒」テーマのパズルをたくさん解くのがおすすめです。

2つ目は、知識を実戦で使えないこと
パズルでは見えるのに、対局では見えない。

これは「知っている」と「使える」がまだ繋がっていない状態です。

例えば、ポール・モーフィーは積極的な指し方のお手本なので、彼の棋譜を並べながら、どういう風に駒を組み換え、攻撃やタクティクスを狙っていくかを学べます。

3つ目は、時間の使い方です。
オープニングに時間をかけすぎて、本当に直すべきミスを放置してしまう。

アマチュアレベルでは、オープニングよりも基礎の方が重要です。

ここでは例えば、強いプレイヤーの実況動画を観ることで局面についてどう考えているか、どう決断しているのかを参考にできます。

この段階では、
パターンを繰り返し、習慣にすること。

それがすべてです。

土台ができると、その後の成長が一気に楽になります。


第3段階:観

ここから、「分かる」レベルが一段上がります。

パターンを知っている」から、
局面を理解できる」へ。

盤面を見て、「ここで一番大事なのは何か?」と考えられるようになります。

これまでに積み上げてきた基礎が、ここでつながり始めます。

複数の候補手を考えたり、両者のプランをイメージしたり、
一般的な原則の例外にも気づけるようになります。

ただ、この段階も簡単ではありません。
ここで止まる人も多いです。

例えば、局面の説明はできるけど、強い手が何なのかはよく分からない。

または、強い手が見つけられるけど時間がかかりすぎるか、実戦では考えがまとまらなくて逃してしまう。

よくある問題は3つあります。

1つ目は、エンジンの使い方です。
「この手が良いらしい」で終わってしまい、なぜそうなのかを考えない。

2つ目は、思考の進め方です。
すぐに1つの手を計算し始めて、比較をしない。

3つ目は、偏りです。
得意なことばかりやって、苦手な分野を避けてしまう。

この段階で重要になるのは、
自分のチェスを知ること」です。

次のレベルに行くには、「何が見えていないのか」に気づく必要があります。

ここでおすすめなのが、対局の振り返りです。

エンジンを見る前に、自分で考える。

・どこが重要な局面だったか
・どう改善できたか
・なぜミスをしたのか
・同じミスが他の対局にも出ていないか

そして、毎局ひとつでもいいので、次につながる学びを見つける。

また、長所だけでなく、短所にも積極的に取り組むことが大事になってきます。

この積み重ねが、次の段階につながります。


第4段階:心

ここではさらに感覚が変わります。

理解する」から、
感じ取れる」状態へ。

局面を見て、数秒で大まかな方向性が分かるようになります。

もちろん確認は必要ですが、ゼロから考え始めるわけではありません。

これは長年の経験と積み重ねによるものです。

感覚で局面の大まかな部分は把握できるので、最も難解な局面や難しい決断に集中力を充てられます。

この段階では、自分のスタイルもはっきりしてきます。

あらゆる局面をこなしつつ、あなたのチェスの「核」が自然と表れます。

アクティブな局面でもコントロールを失わず、
静かな局面でも迷わず指せる。

決断プロセスから無駄を削ぎ落とすことで、局面に応じて自然に対応できるようになります。

ただし、ここにも落とし穴があります。

1つ目は、直感への頼りすぎ
感覚が鋭くなる分、手を抜きやすくなります。

2つ目は、結果への執着
強くなった分、期待も大きくなります。

短期の結果よりも大きな目標を持たないと、燃え尽きてしまいます。

3つ目は、慢心です。
ここから先は、さらに伸びにくくなります。

オーストラリアのGM、モルトンは「私にとっては0からIMに行くのは、IMからGMに行くより遥かに簡単だった」と話しています

この段階では、
見えないところで努力を続けること」が重要です。

そして、ときには第1段階に戻ることも大切です。

純粋に楽しむことで、バランスを取り戻せます。


第5段階:空

最後の段階です。

ここでは、再び「ただ指す」状態に戻ります。
ただし、これまでのすべてを身につけた上でです。

頭の中は以前よりずっと静かで、
必要なことにだけ集中できる状態です。

いわゆる「ゾーン」に入っている状態に近いです。

エゴは消え去っていき、レーティングや結果ではなく、
盤面そのものに集中している。

思考を一つひとつ言語化しなくても、
自然に手が見えてくる。

時間の感覚も変わることがあります。

これは少し抽象的に聞こえるかもしれませんが、
多くのプレイヤーが一度は経験したことがあります。

夢中で指していて、気づいたら何時間も経っていた。
あの感覚です。

ただし、この段階にも注意点はあります。

結果への執着が減ることで、
競技としての鋭さが落ちる可能性もあります。

だからこそ、
集中と努力を続けながら、この状態を保つ必要があります。

チェス人生で培ってきた全てを、次の1手に注ぐ。

第5段階も終着点ではなく、盤上・盤外での生き方でもあります。


最後にまとめます。

第1段階:楽しむために指す
第2段階:基礎を身につける
第3段階:局面を理解する
第4段階:本質を素早く捉える
第5段階:完全に集中して指す


どの段階にいても大切なのは、
自分の対局から学ぶ力です。

チェスの振り返り:完全ガイド』では、
対局をどう振り返り、何を見つけて、どう次につなげるかを
ステップごとにまとめています。

現在、100名以上の方に受講いただいています。

もし最近少し伸び悩みを感じているなら、
この機会に振り返りのやり方を見直してみるのも一つです。


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